タイトル
パン屋の挑戦



友人に一人のパン職人がいます。
一流ホテルのベーカリーで修業し、昨年小さいながらも自分の店を開店。
彼の作る天然酵母にこだわったパンは
その誠実な人柄が表れているように柔らかく、
お店は上々の評判を得ています。
上記の簡単な説明からもお察しいただけるとおり、
彼は優秀な職人であり、まじめで努力家の尊敬に値する人物です。
素晴らしい人物なのですが、惜しむらくは、 唯ひとつ惜しむらくは、
彼、バカなんです。

彼はアイデアに詰まると時々電話をかけてきます。
ここでは、そんな彼との会話の一部を再現してみます。
彼のバカさがきっと見えてくることでしょう。





1.恐怖のチャーハンパン

プルルルル・・・ッガチャ

「もしもし」

「やあ、ひさしぶり」

「やあ、やすし君。どうしたの?」

「僕は歴史に名を残すパン職人になりたいんだ」

「なんだい、やぶからぼうに」

「やきそばパンってあるよね」

「あるね」

「僕がこの世で最も尊敬するのはアレを考え出した人なんだよ」

「へえ。で、誰なんだい、考え出したのは?」

「いや、それは知らないんだけど」

君は知らない人を尊敬してるの?

「ともかく、しがない一介のパン職人のひらめきが生んだ商品が、  今や菓子パン界の定番になったんだ」

「しがないかどうかはわからないけどね」

「ともかく!それ以前は影も形もなかったのに、  今ではコンビニやスーパーに当たり前に置かれている。

 それは、驚くべきことだと思わないかい?」


「まあ、気持ちはわかるけど」

「わかるだろ?」

「でもさ」

「何?」

「やきそばパンって、そんなにおいしい?主食に主食を挟んでるんだよ。
 パンにご飯を挟むようなものじゃない?」

あっ!

「なに今の“あっ!”は?」

「・・・」


かくして、やすし君の渾身の“チャーハンパン”は完成した。
炊きたてのご飯と、ふんわりとしたパンの言いようのない違和感
そしてハラリとよく炒めたご飯がパンにかぶりつく度に、口の両端からこぼれ落ちる不愉快さ
チャーハンパンは一月と待たずにその姿を消した。





2.合格祈願!地球儀パン


プルルルルル・・・ッガチャ

「もしもし」

「やあ、ひさしぶり」

「やあ、やすし君。どうしたの?」

「僕は、とても重大なことに気付いてしまったのだよ」

「なんだいやぶからぼうに?」

「僕はパンの味にばかりこだわり、重大なことを見落としていたんだ」

「味にこだわった結果があの“チャーハンパン”なら、
君は人生を真剣に見つめなおしたほうがいいね

「僕が見落としていたもの、それは形だよ」

「無視ですか」

「あんぱんに顔があるだけで、ヒーローになれるようなご時世だもの」

「うん。彼は決して顔がある“だけ”ではないけどね」

「何か、今までにないような、それでいて万人に愛されるパンの形はないかな?」

「万人といっても、世界はひろいからねぇ」

あっ!

「何?いまの“あっ!”は?」

「ひらめいた!ひらめいたよ」

「・・・一応聞くけど」

「昔からパンに字を書いて食べると、それを覚えるって言い伝えがあるよね」

「君の言う“言い伝え”は、ドラえもんの“暗記パン”のことだね」

「それにさっきの話をプラスして、すごいパンを作り上げるよ」





そう言って彼は“合格祈願!地球儀パン”を生み出した。
会心の笑みでパンを差し出す彼。
かわいらしくまん丸のパンには、確かに大陸らしき模様が。
日本列島に、アメリカと思われる異常に幅の広い大陸、そして・・・


「これは・・・アイスランド?」

「ううん、フランス」

フランスは島じゃねぇ!というかもう、なんかいろいろ足りないよね」

「だって知らないし」

知らなきゃ調べろ!だいたい君の努力には何か決定的なものが欠けてるんだよ」

「あ!沖縄?

そういうこと言ってんじゃねぇ!てゆうか、沖縄以前に四国ないし」



こうしてバカがまた世に産み落とした負の産物“合格祈願!地球儀パン”。
が、口惜しきことにその地球儀パン、大陸を描いたパイ生地のサクサク感に、
マグマを模したという、砕いた栗入りのつぶあんがマッチして結構ウマイ。
さらに“合格祈願”というストレートな商法とかわいらしい外見も当たり、
ヒット商品になったらしい。






3.ジャムでいいや


プルルルル・・・ッガチャ

「もしもし」

「やあ、ひさしぶり」

「やあ、やすし君。どうしたの?」

「僕は大変な思い違いをしていたんだ。僕はバカだった」

「まあ、バカというのには全面的に賛成だけど」

「おのれ愚弄する気か!」

「だまれバカ」

「ともかく僕はパンの形にばかりとらわれていたんだ」

「なんか前にも聞いたけど」

「僕はヒット商品“地球儀パン”を始め、IT革命に先手を打った“パソコンパン”や
持ち運びに便利な“携帯電パン”など、さまざまなパンを生み出してきたよね」


「いや、知らないけど」

「だけど、僕は技術におぼれ天狗になっていたんだ」

いや、決して天狗になるほどのものは作ってないよ

「そして大切なことを忘れていた。パンは食べるものだということを!

それを忘れますか

「僕は初心に帰って考えた。最も食べやすいパンは何か、と。
そして答えは身近にあった。それはね、食パンだよ」


「まあそうだろうね」

「ところで食パンを食べる時にはバターとハチミツをつけるよね?」

「ううん、ハチミツはつけないなぁ」

「でも、ハチミツをつけるのはめんどくさい。
朝の忙しい時間、 冷蔵庫に入れちゃって固まったハチミツは強敵だよね」


「だからつけないんだって」

「そこで考えたんだ」

「まあいいや。何を」

「パン生地の中に最初からハチミツを練りこむ、ハチミツパンを!」

「発想はいいけど、よその店がとっくの昔に商品化してるね

「えっ!そうなの」

「だから、きちんと調べろって!」

あっ!じゃあ、ジャムでいいや。ジャム」

「“じゃあ”とか“でいいや”で商品開発をするな!」



しかし、彼が生み出した“ブルーベリーパン”
折からのブルーベリーブームに乗り、
またその淡い紫の美しさと、ほんのりとした酸味、
そしてレーズンのようなブルーベリーのプチプチした食感でたちまちヒット商品に。
バカおそるべし。






4.あげパン・リバイバル


プルルルル・・・ガチャ

「もしもし」

「やあ、ひさしぶり」

「やあ、やすし君。どうしたの?」

「ちょっと小耳にかじったんだけど

「うん。もう違うね

「日本人の7割が、朝食はごはん派なんだって」

「そうなの?」

「せめて5割に、あと2割パン派が増えれば、
うちの店の売り上げも2割アップしてウハウハなんだけどね」


その計算は大事な途中式がたくさん抜けているね

「そこで考えたんだけど、パンを和食に活かそうと思うんだ」

「すでに迎合の構えだね」

「日本人は揚げ物が好きだよね。でも肉はカロリーも値段も高い」

「そうだね」

「そこで、パンに衣をつけて揚げてみるのはどうだろうか?」

「念のため聞くけど、衣の原料って知ってる?

油?

「そりゃ、油も使うけども。衣にはパン粉が使われているだろう」

あっ!

「わかったかい?パンにパン粉をつけるのは、ご飯をモチでくるむようなものだよね、
ナンセンスだよね」

「それは盲点だった」

「それに衣を付けずに揚げるなら“あげパン”ってあるしね」

「えっ!そうなの?」

「おもっきし給食に出てたじゃない」

「ああ。あのカリカリしたパン?きな粉がついた?」

「そうそれ。というか君は本当にパン屋なのか?」



かくして、彼のノスタルジーに端を発して作られた“昔懐かし給食あげパン”
昨今のリバイバルブームにも便乗し、
連日売り切れるほどの人気となった。







5.ぺこぺこ改め、ほんわりパン


プルルルル・・・ガチャ

「もしもし」

「やあ、ひさしぶり」

「やあ、やすし君どうしたの」

「僕はこの前、長野の高原に遊びに行ったんだ」

「へえ、楽しかった?」

「いや、遊びに行ったワケじゃないから」

テメ今“遊びに行った”って言っただろうが!

「まあ、そうカリカリするなって」

「で、何しに行ったの?」

「もちろんパンの研究だよ。蓼科の高原においしいパンが出るペンションがあるって聞いてね」

「相変わらず勉強熱心だねぇ」

「そのペンションの朝食には、焼きたての自家製パンが出てくるんだけど」

「へえ、おいしかったの?」

「いや、寝坊しちゃって食べられなかったんだ」

「・・・」

「で、仕方がないからインターネットで、そのパンの評判を調べたんだ」

「一応言っておくけど、君は長野に行く必要はなかったね

「そして僕はついに、その味の秘密に気が付いたんだ!」

「へー」

「本当に気が付いたんだって!」

「ふーん。で、秘密って?」

「なんかやな感じだけど教えてあげよう。高原や山に行くと、たくさん歩き回るよね?」

「まあ、そうかもね」

「歩き回るとお腹が減る。お腹が減ると食べ物がおいしい。
 そこで出てくるパンだからこそ、そのペンションのパンはおいしいんだよ!」


じゃあ、別にそのペンションじゃなくてもいいじゃん

「あっ!」

「君の論で行くと、日本中の山や高原のパンがおいしいことになるよね。
 だったらそのペンションが有名なのはおかしいよね」

みなまで言うな!

もう言い終わったよ

「そうか、そういう考え方もあるのか・・・ブツブツ」

「なんか、もう新製品考えたんでしょ?」

「実はそうなんだ」

「一応言ってみ」


「うん。さっきの僕の考えに沿って考案したパンなんだけど」


と言って彼が語ったのはその名も“ぺこぺこパン”
空腹時に食べる食事がおいしいという仮説に基づき考案されたのは
ゴルフボールほどの大きさの柔らかいパン・・・

「で?」

「いや、小さいからお腹にたまらないでしょ」

「うん」

だからおいしいかな、と

「珍しく自信なさげだね。でも、心を鬼にして言うけど、
 これは“ぺこぺこの時に食べる”ではなくて“食べてもぺこぺこ”だよね」

でもね、バターはたっぷり使ってみたの。小さいから全体として食べる量は少なくてすむでしょう

「うん、たしかにふっくらしてるね」

そう。冷めてもあんまり固くならなくて・・・あっ!

「何?」

「カリカリするなって!」

「何?別にしてないけど」

「違くて。このパンの名前。“忙しい朝だからってカリカリするなって”
 という意味を込めて“ほんわりパン”なんてどうかな?」


オメさっき“ぺこぺこパン”っつったじゃねぇかよ!

「まあカリカリするなって」

「それ言いたいだけじゃねーか」


というわけで結局5個入りの袋で発売された“ほんわりパン”。
その絶妙なネーミングと贅沢にバターを使った柔らかさ、
そしておやつ感覚で気軽につまめる大きさで一躍人気商品に。
その後、“くりーむほんわりパン”などのシリーズ商品が生まれる定番商品となった。







6.究極のピーナッツ


プルルルル・・・ガチャ

「もしもし」

「やあ、ひさしぶり」

「やあ、やすし君。どうしたの?」

「どうもこうもないよ、僕は怒ってるんだよ」

「どうしたんだい?」

「確かに僕はパン屋さ。だけどパン屋である前に一人の男だよ」

「うん」

「そして一人の男である前に一人の人間なんだよ」

「ずいぶん前だね」

「そして一人の人間である前に」

「え、まだ戻るの?

「人間である前に、僕は一人の千葉県民なんだ」

「“人間である前に”ってのもすごい話だけど、  じゃあ、本質的には千葉県民なんだね」

「その通りさ」

「で、何を怒ってるの?」

「千葉と言えば何を思い浮かべる?」

落花生

「即答だね。でも、そうなんだよ。千葉といえば落花生だよね」

「イマイチ話が読めないな。いつもだけど」

「みんな落花生をおろそかにしすぎなんだよ。
 千葉のパン屋にピーナッツクリームパンがないなんてもってのほかだよ」


「要するに君がピーナツクリームのパンが食べたい時に入ったパン屋に、それがなかったんだろ?」

「うん、まあそういうことなんだけど」

なげーんだよ、話が!

「でも、僕のピーナッツにかける気持ちは伝わっただろう?」

「まあね」

「そこでだ」

「うん」

「誰もやらないなら僕がやるさ。 作ってやるさ、究極のピーナッツクリームパンを!」

「へえ、今回ちょっとおいしそうじゃない」



そしてやすし君の“究極のピーナッツクリームパン”作りの挑戦が始まった。
方々の業者を当たり、寝る間も惜しんで考案されたそのパンの完成の知らせは
およそ10日後に電話で届けられた。


「ついにできたよ。完成だ!」

「へえ、やったね」

「これぞ究極。本当においしいパンができたよ」

「どんなパンなの?」

「まずね、パンはピーナッツバターと相性が良いフランスパンにしたんだけど、
 ただのフランスパンだと固くて食べにくいよね」


「そうだね」

「だから僕はなるべくソフトな焼き上がりになるように直焼きバケットと成形パンの製法をミックスして、
 その差分を発酵時間で微調整するよう・・・」


「ぜんぜんわかんね」

「あ、ごめん。つまりフランスパンの風味と食パンの柔らかさを併せ持つパンなんだけど」

「うん、君がパン屋だって初めて実感したよ」

「さあ、それでいよいよ中に入れるピーナッツクリームの登場だ」

「ほう、楽しみだね」

「まずバターは北海道の十勝産の手作りバターを贅沢に使うんだ」

「ほうほう」

「で、生クリームだけど、やっぱり同じ牧場のものが相性が良いだろうと思って、
 知り合いの業者さんに頼んで送ってもらったんだ」


「へえ、こだわるね」

「そして主役のピーナッツ」

「いよいよだね」

「バターの濃厚な風味に負けてしまったらピーナッツクリームが台無しだ」

「うんうん」

「だからピーナッツは、“風味なら日本一”と言われる神奈川県秦野産の極上品を取り寄せたんだ」

え?

「これはおいしいよー」

おい

「何?」

千葉は?


あっ!


こうして裏切り者千葉県民が生んだジレンマの固まり
“特濃ピーナッツクリームパン”
原価がかかっているため315円とやや高めの値段設定ながら
遠方から買いに訪れる客も出るほどのヒット商品となった。










彼の店の名前は「ピッコロ」。
かつての彼の師匠が命名してくれた、小さな彼の店にふさわしい名前だ。
が、店名を聞いた時に

「いいですね、強そうで!」

といったやすし君の頭には、間違いなく“大魔王”が浮かんでいた。



常に前を見つめ歩き続けるパン職人やすし君。
この愛すべきバカは、次はどんなパンを作ってくれるのだろう。





モドル





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